このブログをご覧の方は、いかに私がかのととり(辛酉)と縁深く、またこの日に動かされてきたか、その様子を垣間見てこられたと思います。 私はこれまでもそうでしたが、昨年から特にこの60日ごとに巡ってくるかのととりの日を大切にしてきました。 2月16日のかのととりの日は前回の投稿にあるように、旧暦の大晦日と重なり、宮城県の網地島で大祓いの祭祀を執り行いました。 そんな中、4月を迎え朔日詣りを終えた翌日2日にOさんから電話をいただきました。 Oさんは昨年ご縁をいただき、当宮での祭祀や金華山でのご神行などをご一緒した大切な友人です。 4月17日のかのととりの日が新月に重なっていること、そのような意味深い日なので京都綾部にある大本ゆかりの弥仙山(大本教の出口なお開祖がここに籠って岩戸開きの型となった場所とお聞きしました)において神事を行おうと思っているとの内容でした。 いとーさん来られませんよね?という甘いささやきにぐらっと来ましたが、そちらはお任せして私には別の役目があるように感じました。 そしてOさんに「そちらには行けませんが、私は太日月大神之宮のほうで神事を行う予定でしたので時間を合わせ霊線を繋ぎましょう」と応えていました。 その後私が麻賀多神社に行ったことで、マアカタの会の女性が一人麻賀多神社でも祈らせてほしいと申し出ていただきました。 そのため4月17日のかのととりの日は京都弥仙山、宮城の太日月大神之宮、千葉麻賀多神社の三ヶ所で行う運びになったのです。
当日太日月大神之宮での祭祀は到着を待ち構えてカラスが十数羽飛び立ち、頭上をグルグルと旋回し木々に降りたかと思うとまた飛び回り、を繰り返すことを祭祀終了、撤収まで続けるという今まで経験したことの無い様相で行われました。 祝詞では「京都弥仙山、千葉台方に集いし同胞と共に、月の隠れたる新月の辛酉のこの日この時を選み定めて、大神の定めし立て替え立て直しの神願成就を乞ひ祈み奉り、霊串に綾言葉取り添えて……。」と祈念申し上げました。 祝詞を上げはじめると背に冷気(霊気)を受けます。 祭祀を終え片付けをしていると近くの木にとまった一羽のカラスがこちらに向かい何かしゃべっています。 「みゃあ、みゃ、みゃみゃみゃ、みゃあみゃ、……。」猫のような声ですが何か言葉で話しかけているように感じました。


京都弥仙山ではOさんと出口春日さんはじめ大本ご神業ゆかりの方々7名の参加者で神事を行ったと写真を送ってくださいました。 神気感じる風を受け、祝詞を上げているとOさんの頭の上に小鳥が止まったのだそうです。 また山の入口にある水分神社でしめ縄が切れているのを見て岩戸開きの神意がここに示されていると感じたとご連絡いただきました。
さて、これらの神事ははたして意味のあることだったのでしょうか? 最初に示した地図を見て頂ければ一目瞭然です。 これら神事の翌日、4月18日長野県北部で震度5強の地震が発生しました。 そしてその2日後の4月20日三陸沖を震源に地震が起き、青森県などで震度5強を記録し津波も観測しました。(※地図には青森県沖と記入しましたが正確には三陸沖です) この一連の地震は正に京都弥仙山と宮城太日月大神之宮を霊線で結んだ線上に起こりました。 呼応する。 人と神は呼応しあいます。 霊線を繋ぐ神事を行い、それに神が応えたものと解釈いたしました。 地震はあれど被害は最小限です。 私たちに示されたことです。 神は地震で立替を押し進めようとはしないと示されたように感じます。 人が立替立て直しのお役を果たせるならば、人の祈りにより地震は最小限で済むのではないか。 そして祈りには時が大切になることが、分かっていても改めて学んだように思います。 此度の神事をお声掛けくださいましたOさんに感謝です。 またそれぞれ参加くださった皆様、呼応するのは人と神だけではなく、祈りの心に誠があれば、時を合わせて全国どこで祈ってもその力は呼応し大きな力となると学ばせていただきました。 ありがとうございました。 拝
